「運動を始めたくても、なかなか続かない…」
もしあなたが注意欠如・多動症(ADHD)の特性をお持ちなら、そう感じるのは決して珍しいことではありません。ADHDの脳は、新しいことへの興味が強い一方で、同じことを続けるのが苦手だったり、集中力を持続させるのが難しかったりすることがあります。だから、一般的な運動の継続方法がしっくりこないのも当然かもしれません。
この記事は、「こうすれば必ず運動が続く!」という完璧な成功談ではありません。むしろ、多くのADHD当事者が直面するであろう「運動が続かない」という悩みを出発点に、試行錯誤の中から見えてきた、あなたに合ったペースで運動と付き合っていくためのヒントを共有するものです。少しでも、あなたの「運動したいけど、どうしたら…」という気持ちを後押しできれば幸いです。
ADHDの特性と運動:なぜ「続ける」が難しいの?
運動習慣を身につける上で、ADHDの特性がどのように影響するかを理解することは大切です。
- 新奇性追求と飽きっぽさ:新しい運動を始めるのは得意でも、同じ内容だとすぐに飽きてしまうことがあります。これは、ADHDの脳がドーパミンの影響で常に新しい刺激を求める傾向があるためです。
- 実行機能の課題:計画を立てたり、優先順位をつけたり、行動を開始したり、それを維持したりといった実行機能に課題があると、運動を習慣化する上でつまずきやすくなります。
- 時間感覚の特性:「どのくらい運動したか」「あとどれくらいか」といった時間感覚が掴みにくく、運動が長く感じてしまうことも。
- 衝動性・多動性:じっとしているのが苦手で、一つの運動に集中し続けるのが難しい場合があります。
これらの特性をネガティブに捉えるのではなく、「自分の脳の個性」として理解し、それを踏まえた工夫をすることが、運動継続への第一歩となります。
ADHDでも大丈夫!運動を習慣にする7つのヒント
ここからは、ADHDの特性を持つ人が運動習慣を身につけるための具体的な7つのヒントをご紹介します。すべてを一度に試す必要はありません。気になったもの、自分にできそうだと感じたものから、気軽に取り入れてみてください。
ヒント1:日常に「変化」と「安定」のいいとこ取りを
ADHDの脳は「安定した日課(ルーティン)」を好む一方で、「刺激的な新しいこと(ノベルティ)」も強く求めます。この一見矛盾するような特性を、運動習慣に活かしてみましょう。
例えば、運動する時間は大体決めておくけれど、その日の気分や体調によって運動の種類や内容は変えてみるのはどうでしょうか。毎日同じことを繰り返すのではなく、選択肢を用意しておくのです。
- ジムに通うなら、様々なクラスに参加してみたり、使うマシンを日によって変えたりする。
- 自宅で運動するなら、ヨガ、ダンスエクササイズ、筋トレ、有酸素運動など、複数の動画やアプリをストックしておき、その日の気分で選ぶ。
- 散歩やジョギングなら、コースを毎回少し変えてみたり、新しい音楽を聴きながら走ってみたりする。
「今日は何をしようかな?」という小さなワクワク感が、運動へのハードルを下げてくれるかもしれません。
ヒント2:運動を阻む「見えない壁」を見つけて取り除く
「運動しよう!」と思っても、なぜか行動に移せない…。そんな時は、あなたと運動の間にある「見えない壁(バリア)」が何かを考えてみましょう。その壁を取り除くか、迂回する方法を見つければ、ずっと楽に運動を始められるはずです。
例えば、こんな壁はありませんか?
- 場所の壁:「ジムに行くのが面倒くさい」なら、自宅でできる運動や、近所の公園でのウォーキングに切り替える。
- 準備の壁:「運動ウェアに着替えるのが億劫」なら、普段から動きやすい服装を心がけたり、着替えずにできるストレッチなどから始める。
- 時間の壁:「まとまった時間が取れない」なら、5分や10分といった短時間でもOKとする。あるいは、CM中だけスクワットをする、歯磨き中につま先立ちをするなど、「ながら運動」を取り入れる。
- 感覚の壁:「ジムの騒音や匂いが苦手」「汗をかくのが不快」など、感覚過敏がバリアになることも。静かな環境を選んだり、好きな音楽を聴きながら運動したり、通気性の良いウェアを選んだり、運動後にすぐシャワーを浴びるなど、自分が快適だと感じる工夫をしましょう。
自分にとって何が「壁」になっているのかを特定し、それを取り除く具体的な策を考えることが重要です。かつて、運動のために別の場所へ移動するのがどうしても難しく、自宅にウォーキングパッド(小型のルームランナー)を導入したことで、天候にも左右されず、移動の手間なく運動できるようになった、という人もいます。
ヒント3:まずは「ほんの少し」から。完璧を目指さない
「よし、毎日1時間運動するぞ!」と意気込んでも、その目標の高さがプレッシャーになってしまい、結局何もできなかった…ということはありませんか?特にADHDの特性があると、完璧主義に陥りやすく、それが行動の妨げになることがあります。
大切なのは、「ほんの少しでもできればOK」と自分に許可を出すことです。5分だけのウォーキングでも、スクワット10回だけでも、何もしないよりはずっと素晴らしい一歩です。
「ウォーキングマシンに乗るだけでいい。2分で止めてもいい」と自分に言い聞かせてみましょう。実際に始めてみると、意外と5分、10分と続けられることもありますし、たとえ数分で終わっても「できた!」という達成感が次につながります。ハードルは思いっきり低く設定しましょう。
ヒント4:「結果」より「行動」重視の「PACT目標」を試してみる
目標設定はモチベーション維持に役立ちますが、その設定方法が合わないと逆効果になることも。ビジネスシーンなどでよく使われる「SMART目標」(Specific:具体的、Measurable:測定可能、Achievable:達成可能、Relevant:関連性のある、Time-bound:期限付き)は、明確で良いのですが、期限内に目標を達成できなかった場合、特にADHDの傾向がある人は落ち込みやすいかもしれません。
そこでおすすめしたいのが「PACT目標」です。これは、
- Purposeful(目的意識のある):なぜその行動をするのかを明確にする
- Actionable(行動可能な):具体的な行動に落とし込む
- Continuous(継続的な):一度きりではなく、繰り返し行える
- Trackable(追跡可能な):行動したかどうかを記録できる
という要素で構成される目標設定です。例えば、「年末までに体重を5kg減らす」という結果目標(SMART目標に近い)ではなく、「週に3回、30分ウォーキングをする」といった行動目標を設定します。
PACT目標は、結果ではなく「行動そのもの」に焦点を当てるため、体調不良などで一時的に中断しても、また自分のペースで再開しやすいのがメリットです。「できなかった」という罪悪感よりも、「またやろう」という気持ちを持ちやすくなります。
ヒント5:「ボディダブル」や仲間と一緒に取り組んでみる
「ボディダブル」という言葉を聞いたことがありますか?これは、誰かがそばにいるだけで、あるいは誰かに見守られていると感じるだけで、自分がやるべき作業に集中しやすくなるという現象で、多くのADHD当事者がその効果を実感しています。
運動も、このボディダブル効果を応用できるかもしれません。
- 家族がいるリビングで軽い筋トレをする。
- 友人と一緒にジムに行く約束をする、またはオンラインで繋いで一緒にエクササイズをする。
- SNSで「今日はこれをやります!」と宣言するだけでも、誰かに見守られている感覚が生まれるかもしれません。
また、同じように運動習慣を身につけたいと思っている人と「運動仲間(アカウンタビリティ・バディ)」になり、お互いに励まし合いながら進捗を報告し合うのも良い方法です。一人ではくじけそうになっても、仲間の存在が支えになることがあります。
ヒント6:常識より、自分の「脳タイプ」に合った方法を選ぶ
世の中には、「朝に運動するのが効果的」「毎日同じ時間にやるべき」といった、運動に関する様々な「常識」やアドバイスがあります。しかし、それらが必ずしもあなたの脳に合うとは限りません。特に、多くのアドバイスは、ADHDの特性を考慮していないことがほとんどです。
大切なのは、「こうあるべき」という型にはまろうとせず、自分が心地よいと感じる方法、集中しやすい方法を優先することです。
- 好きな音楽を大音量でかけながら踊るのが一番集中できるなら、それがあなたの正解です。
- 運動中に動画を見たり、ポッドキャストを聴いたりする「ながら運動」の方が続くなら、それで全く問題ありません。
- 一つの運動に飽きたら、無理に続けようとせず、気分転換に別の運動に切り替えるのも良いでしょう。
あなたの脳と体が「これなら続けられそう!」と感じる方法を、積極的に試してみてください。一般的に良いとされる方法が合わなくても、落ち込む必要はありません。
ヒント7:どんな自分も受け入れて、とにかく自分に優しく!
ADHDの特性を持つ私たちは、目標を達成できなかったり、計画通りに物事が進まなかったりすると、自分自身を厳しく責めてしまいがちです。過去に周囲から「なぜできないの?」と期待に応えられないことを指摘された経験が、知らず知らずのうちに内面化され、自分に対する批判的な声となって現れるのかもしれません。
運動に関しても、「今日もできなかった」「また三日坊主だ」と自分を責めてしまうことがあるかもしれません。
でも、そんな内なる批判の声に、これ以上耳を貸す必要はありません。運動ができなかった日があっても、それはあなたの価値を何一つ損なうものではありません。 大切なのは、うまくいかない自分を責めることではなく、何度でも「また今日から、少しだけやってみようかな」と思えるように、自分自身に優しく接することです。
ルーティンが途切れてしまうのは、ADHDの特性上、よくあることです。そこで自分を責めずに、「大丈夫、また始められるよ」と声をかけてあげてください。あなたは、あなた自身の最大の味方でいてあげてください。
まとめ:あなたらしい運動との付き合い方を見つけよう
ADHDの特性と上手に付き合いながら運動を続けるには、画一的な方法ではなく、あなた自身の感覚やペースに合わせた、オーダーメイドの工夫が必要です。この記事で紹介した7つのヒントが、そのための小さなきっかけやアイデアとなれば、これほど嬉しいことはありません。
完璧を目指す必要は全くありません。楽しむことを忘れずに、少しずつ試行錯誤しながら、あなたにとって心地よく、続けられる運動との付き合い方を見つけていきましょう。その道のりは、きっと自己理解を深める旅にもなるはずです。
さあ、まずは今日、ほんの5分だけでも、あなたが「これならできそう」と感じる方法で、体を動かしてみませんか?その小さな一歩が、未来のあなたにとって大きな変化の始まりになるかもしれません。