
ADHD(注意欠如・多動症)は、不注意、実行機能(計画を立てて物事を進める力)の課題、多動性、衝動性などを特徴とする発達障害の一つです。多くの場合、子どもの頃にその特性が明らかになりますが、特性が比較的軽度であったり、周囲に気づかれにくかったり、あるいは大人になって社会的な要求が高まるまでは大きな困難を感じなかったために、成人期になって初めてADHDの傾向を自覚したり、診断を受けたりする方も少なくありません。
理由がどうであれ、もしあなたがADHDの特性によって日常生活や仕事で「うまくいかないな」「他の人よりも苦労が多いかもしれない」と感じているのなら、この記事でご紹介する8つのヒントや工夫が、少しでもお役に立てるかもしれません。これらは、ADHDの特性を持つ方々が直面しやすい困難に焦点を当て、専門家の知見や当事者の経験に基づいてまとめられています。
大人のADHD 日常生活を少し楽にする8つのヒント
ADHDの特性を持つ方が日常生活で直面する困難は、決して怠けているからでも、努力が足りないからでもありません。脳の特性によるものだと理解することが、まず大切な一歩です。その上で、ご自身に合った工夫を取り入れていきましょう。
1. 「自分に合ったやり方」こそ最強のルール
「大人のADHDのための整理術」「ADHDのための時間管理術」といったタイトルの本や記事はたくさんあり、具体的な方法が紹介されています。それらは確かに参考になりますが、多くの場合、ADHDの人が苦手とすることの多い実行機能(計画力や段取り力など)をフル活用することが前提となっていることがあります。「こうすべき」という世間の常識や、いわゆる「普通」の人向けに作られたシステムに、無理に自分を合わせる必要はありません。もし特定のやり方がどうしてもうまくいかず、かえって自己嫌悪に陥ってしまうのなら、その「こうあるべき」という考えは一度手放してみましょう。
大切なのは、あなたにとって自然とできること、なぜかうまくいく傾向があることに意識を向け、それを積極的に取り入れることです。例えば、鍵を失くさないように玄関の決まったフックにかけるのが一般的な対策だとされています。しかし、ADHDの特性がある人にとっては、毎日そのフックに鍵を戻すこと自体を忘れてしまったり、そのルールに従うことが大きな負担になったりすることがあります。そんな時は、「ここに置くのが理想的」と無理に記憶しようとする代わりに、自分が無意識のうちに鍵をポンと置いてしまう場所を観察してみてください。そして、いっそのこと、その場所を「鍵の公式な置き場所」と認定してしまうのです。他の人とやり方が違っていても、あなたにとって継続可能で、結果的にうまくいくなら、それがあなたにとっての正解です。
2. 「見える化」でうっかり忘れを防ぐ
ADHDの特性の一つに「忘れっぽさ」があります。特に、視界から消えてしまうと、そのものの存在自体を忘れてしまいやすい傾向があります。「見えないものは、存在しないも同然」と心得て、大切なことは積極的に「見える化」する工夫を取り入れましょう。
例えば、提出期限の迫った書類や、毎日飲む薬などは、透明なケースやカゴに入れ、リビングやキッチンなど、必ず毎日何度も通る場所、自然と目に入る場所に置いてみましょう。スケジュール管理も、手帳に書き込むだけでなく、大きなホワイトボードやカレンダーに書き出して、いつでも確認できるように壁に掛けておくのが効果的です。ホワイトボードなら、その日のタスクや忘れてはいけないことをサッと書き留めておき、終わったら消していくという使い方もできます。視覚的な手がかりは、記憶の頼もしい助っ人になってくれます。
3. 自分にとって「ちょうどいい刺激」を見つける
ADHDと一口に言っても、その特性の現れ方や必要な環境は一人ひとり異なります。ある作業に集中するために、ある程度の環境音(カフェの雑音や好きな音楽など)があった方が捗る人もいれば、逆にわずかな物音でも気になってしまい、静寂な環境でなければ集中できない人もいます。また、人によっては、単調なホワイトノイズやブラウンノイズよりも、音楽やラジオ、ポッドキャストのような少し情報量のある音の方が、かえって他の雑念を遮断して集中しやすくなることもあります。
こればかりは、試行錯誤して自分にとって最適な刺激レベルを見つけるしかありません。カフェ、図書館、自室など、場所を変えて作業してみたり、イヤホンで様々な種類の音を試してみたりしましょう。そして、自分に合った環境が見つかったら、できるだけその作業環境を整えるようにします。ただし、その時の体調や気分、作業内容によって「ちょうどいい刺激」は変わることもあります。一度決めたやり方に固執せず、その都度柔軟に調整していくことも大切です。
4. 脳は「新しいこと」が大好き!変化を味方につける
ADHDの脳は、神経伝達物質であるドーパミンの働き方が、定型発達の脳とは異なると言われています。その影響の一つとして、新しいことや興味を引くことに対しては高い集中力を発揮しやすいという傾向があります。逆に、慣れてしまったことや単調な作業には飽きやすく、集中力が持続しにくいことがあります。
この「新奇性を求める」脳の特性を、ぜひ味方につけましょう。いつも同じルーティンや環境で集中力が途切れがちだと感じたら、作業環境や手順にほんの少し変化を加えてみるのがおすすめです。例えば、デスク周りの小物を変えてみる、作業する場所を時々変える、タスクに取り組む順番を入れ替えてみるなど、小さな工夫で脳に新鮮な刺激を与えることができます。ADHDの特性を持つ人の中には、業務内容が多岐にわたる仕事や、プロジェクトごとに新しい課題に取り組めるような仕事で能力を発揮しやすい人もいます。変化を恐れるのではなく、上手に取り入れていくことで、モチベーションを維持しやすくなるでしょう。
5. 自分に優しく「セルフコンパッション」を実践する
ADHDの特性を持つ人の中には、不安や抑うつを併発しやすい人もいると言われています。それは、定型発達の人にとっては当たり前にできることが難しかったり、社会が求める「普通」のスケジュールや基準に合わせることに苦労したりすることが多いためかもしれません。そして、そのような自分を「ダメだ」「怠けている」と責めてしまいがちです。
しかし、あなたがあなた自身のやり方で物事に取り組み、それが誰にも迷惑をかけていないのであれば、何も問題はありません。他の人と同じようにできなくても、それはあなたの価値とは全く関係のないことです。自分自身に対して、親友に対するように優しく接し、思いやりを持つ「セルフコンパッション」を意識してみてください。「できなくても大丈夫」「今はこれで十分」と自分を許し、過度な期待を手放すことが大切です。「なぜ自分はできないんだ」と自己否定を繰り返すことは、さらなるストレスを生み、悪循環に陥ってしまいます。自分自身の特性やニーズを理解し、受け入れることから始めましょう。
6. 大きなタスクは「小さく分けて」プレッシャーを減らす
成人ADHDの特性がある人にとって、大きすぎるプロジェクトや、手順が多すぎるタスクは、どこから手をつけていいか分からず、圧倒されてしまいがちです。その結果、手をつける前からやる気を失ってしまったり、先延ばしにしてしまったりすることがあります。
そんな時は、一つの大きなタスクを、実行可能な小さなステップに具体的に分解してみましょう。そして、「一度に全部終わらせなくてもいい」と自分に許可を出してください。例えば、「部屋全体の掃除」というタスクが重すぎるなら、「まずは机の上だけ片付ける」「今日はこの棚の書類だけ整理する」というように細分化します。そして、「机の上を片付ける」というタスクですら大変なら、「机の上の不要な紙を3枚だけ捨てる」から始めても良いのです。完璧を目指すよりも、まずは始めること、そして少しでも進めることが大切です。一部分でも終われば、「全部できなかった」ではなく「ここまでできた」という達成感が得られます。途中で休憩を挟んだり、一度中断して別の日に再開したりすることも、全く問題ありません。
7. 「アラーム」と「リマインダー」は頼れる相棒
ADHDの特性として、忘れっぽさに加えて、「自分が忘れっぽいという事実そのものを忘れてしまう(メタ認知の困難)」という傾向が見られることがあります。「これくらい覚えておけるだろう」と過信してメモを取らなかった結果、やはり忘れてしまう…という経験はありませんか?
「自分は忘れるのが得意!」くらいに考えて、積極的にアラームやリマインダーを活用しましょう。 スマートフォンのリマインダーアプリやカレンダーアプリは非常に便利です。予定だけでなく、「〇時に△△を始める」「××の準備をする」といった行動のきっかけとなるリマインダーも設定しておくと効果的です。また、ADHDの人は時間に没頭してしまったり、逆に時間の感覚が掴みにくかったりすることもあるため、作業の開始時間だけでなく、終了時間や休憩時間のアラームも役立ちます。一つのアラームだけだと、つい消してしまってそのまま忘れることもあるので、重要なことは複数のリマインダーを設定したり、音だけでなく振動や通知ランプなど、異なる方法で気づけるように工夫するのも良いでしょう。
8. 誰かと一緒なら集中できる?「ボディダブル」を試してみよう
「ボディダブル」とは、自分が何かの作業に取り組む際に、ただ他の誰かが同じ空間にいてくれるだけで、なぜか作業が捗るという現象、またはその手法を指します。その人が直接作業を手伝ってくれるわけではなくても、誰かの存在が物理的な手がかりとなり、やるべきことを意識し続けられたり、程よい緊張感から集中力が高まったりすると言われています。
この「ボディダブル」は、ADHDの特性を持つ人が実行機能を高め、タスクに取り組みやすくするための一つの方法として注目されています。例えば、一人ではなかなか手を付けられない勉強や家事、運動などを、友人や家族がそばにいる状態で行ってみるのです。最近では、オンラインで友人同士がカメラを繋いで黙々と作業する「作業通話」や、コワーキングスペースの活用、あるいはSNS上の「#作業通話募集」のようなハッシュタグで見知らぬ人と繋がって互いにボディダブルになる、といった方法も広がっています。研究データはまだ十分ではありませんが、実際に効果を実感している当事者は少なくありません。もしあなたが一人では集中しにくいと感じているなら、試してみる価値はあるでしょう。
まとめ:あなたらしい毎日を送るために
大人のADHDの特性と上手に付き合いながら、日々のタスクをこなし、スケジュールを管理していく方法は一つではありません。今回ご紹介した8つのヒントが、あなたにとって「これなら自分にもできそう」「試してみようかな」と思えるものを見つけるきっかけになれば幸いです。大切なのは、完璧を目指すことではなく、昨日より少しでも楽に、そして前向きに過ごせるようになることです。
もし、これらのヒントを試してもなかなかうまくいかないことや、一人で抱えきれないほどの困難を感じる場合は、決して自分を責めたり、諦めたりしないでください。精神科医、臨床心理士、カウンセラーなどの専門家や、お住まいの地域にある発達障害者支援センターのような公的機関に相談することも考えてみましょう。専門家は、あなたの特性や個別の状況に合わせた、より具体的なアドバイスやサポートを提供してくれます。あなた一人で悩む必要はありません。
この記事で紹介した考え方や工夫は、専門家の知見や多くの当事者の経験に基づいていますが、すべての人に同じように効果があるわけではありません。焦らず、ご自身のペースで、興味を持ったものから一つずつ試してみてくださいね。あなたが少しでも心地よく、自分らしい毎日を送れるようになることを心から願っています。