そのつらさ、一人で抱えないで。「見えない病気」のサインと、心穏やかに過ごすヒント

「なんだかずっと調子が悪いけど、病院へ行っても『特に異常なし』と言われる…」
「周りからは『気のせいじゃない?』『怠けているだけ』なんて思われている気がして、本当のつらさを言い出せない…」

そんな、目には見えないけれど確かにある「つらさ」に、長年悩んでいませんか?もしかすると、それは「見えない病気(Invisible Illness)」と呼ばれるもののサインかもしれません。

この記事では、周囲に理解されにくい「見えない病気」とは何か、そして、あなたが少しでも心穏やかに日々を過ごすためのヒントを、分かりやすくお伝えします。一人で抱え込まず、解決への一歩を踏み出しましょう。

もしかして私も?「見えない病気」ってどんなもの?

「見えない病気」という言葉を初めて聞いた方もいるかもしれません。まずは、その基本的な理解から深めていきましょう。

「見えない病気」とは?

「見えない病気」とは、外見からは分かりにくく、周囲の人に症状やその困難さが伝わりにくい病気や障害、体調不良の総称です。体力や気力の低下、痛みの感じ方、集中力の問題など、ご本人にしか分からない「つらさ」を伴うことが多く、日常生活に大きな支障をきたすこともあります。

具体的な症状としては、以下のようなものが挙げられますが、これらに限りません。

  • 慢性的な痛み(頭痛、関節痛、筋肉痛など特定の部位、あるいは全身)
  • 激しい疲労感、倦怠感(しっかり休んでも回復しない)
  • めまい、ふらつき
  • 集中力や記憶力の低下(ブレインフォグなど)
  • 睡眠障害(不眠、過眠)
  • 気分の落ち込み、不安感
  • 温度変化や特定の環境に対する過敏さ

なぜ理解されにくい?その3つの主な理由

「見えない病気」を抱える方が最も苦しむことの一つが、周囲からの無理解です。なぜ、そのつらさは伝わりにくいのでしょうか。

  1. 見た目では判断できないから
    血液検査や画像診断などの一般的な検査では異常が見つかりにくく、また、外見上は健康そうに見えるため、「病気には見えない」「気の持ちようだ」と誤解されがちです。
  2. 症状に波があるから
    日によって、あるいは時間帯によって症状の程度が大きく変動することがあります。「昨日は元気そうだったのに、今日はどうして?」と、症状の一貫性のなさが理解を難しくさせます。
  3. 客観的な指標が少ないから
    痛みやだるさといった自覚症状が中心となるため、他者がそのつらさを客観的に把握することが困難です。「どれくらい痛いのか」「どれくらい疲れているのか」を言葉だけで伝えるのは非常に難しい作業です。

知っておきたい、多様な「見えない病気」の世界

「見えない病気」と一口に言っても、その背景にある病気や状態は非常に多岐にわたります。ここでは、比較的よく知られているものの例をいくつかご紹介します。

身体にあらわれる「見えない病気」の例

  • 線維筋痛症(せんいきんつうしょう):全身の広範囲にわたる慢性的な痛み、こわばり、激しい疲労感、睡眠障害、頭痛、うつ症状などが特徴です。検査で異常が見つかりにくく、診断までに時間がかかることがあります。
  • 慢性疲劳症候群(まんせいひろうしょうこうぐん)/筋痛性脳脊髄炎(きんつうせいのうせきずいえん:ME/CFS):日常生活に深刻な支障をきたすほどの極度の疲労感が、少なくとも6ヶ月以上持続する状態です。微熱、筋肉痛、思考力低下なども伴うことがあります。
  • 過敏性腸症候群(かびんせいちょうしょうこうぐん:IBS):ストレスや心理的要因が関与し、腹痛、腹部不快感、下痢や便秘などの便通異常が慢性的に続く病気です。
  • その他:関節リウマチの初期症状、診断のつきにくい自己免疫疾患、原因不明のめまいや耳鳴り、電磁波過敏症、化学物質過敏症なども、外見からは分かりにくい困難を伴うことがあります。

心や脳機能に関わる「見えない病気」の例

  • うつ病・不安障害:気分の落ち込み、興味や喜びの喪失、意欲の低下、過度な不安や恐怖などが持続し、日常生活に影響を及ぼします。これらも外見からは判断しにくい代表的なものです。
  • 発達障害(自閉スペクトラム症:ASD、注意欠如・多動症:ADHDなど)に伴う困難:コミュニケーションの特異性、感覚過敏、集中維持の難しさなど、外からは見えにくい困難さを抱えている場合があります。これら自体が「病気」というよりは特性ですが、二次的な精神症状や適応困難を伴うこともあります。
  • 高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい):交通事故や脳卒中などにより脳が損傷を受けた結果、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などが生じることがあります。外見上は変化がなくても、生活上の困難は大きい場合があります。

【知っておいてほしいこと】
ここに挙げたのはあくまで一部の例です。ご自身の症状がこれらに当てはまらなくても、「見えないつらさ」を感じている場合は、決して自己判断したり我慢したりせず、医療機関に相談することが大切です。診断が難しいケースも少なくありませんが、諦めずに適切なサポートを探しましょう。

「見えない病気」が心と暮らしに与える影響

目に見えない不調は、身体的なつらさだけでなく、精神面や社会生活にも大きな影を落とします。

「スプーン理論」で考える、限られたエネルギー

「見えない病気」を抱える人の日常を理解する一つのヒントとして、「スプーン理論(Spoon Theory)」という考え方があります。これは、ループスという自己免疫疾患を持つクリスティン・ミゼランディーノさんが提唱したものです。

この理論では、1日に使えるエネルギーの量を「スプーン」に例えます。健康な人は、朝起きた時にたくさんのスプーン(エネルギー)を持っていて、日常生活の様々な活動(着替え、食事、仕事、家事など)に1本ずつ使っても、まだ余裕があります。

しかし、「見えない病気」を抱える人は、朝から持っているスプーンの数が非常に少なかったり、一つの行動にたくさんのスプーンを消費してしまったりします。そのため、あっという間にスプーンを使い果たし、何もできなくなってしまうのです。他人から見れば「怠けている」「やる気がない」と映る行動も、実はエネルギーを使い果たした結果かもしれません。

心への影響:孤独感や自己否定との戦い

周囲に理解されないことから生じる孤独感は、非常につらいものです。「誰も私の苦しみを分かってくれない」という思いは、心をむしばんでいきます。また、「気のせいだ」「自分が弱いからだ」と自分自身を責めてしまい、自己肯定感が低下することも少なくありません。将来への不安や、社会から取り残されるような感覚に苛まれることもあります。

社会生活への影響:当たり前が当たり前でなくなる

学業や仕事の継続が難しくなったり、キャリアプランの変更を余儀なくされたりすることがあります。友人関係や家族関係においても、症状のために約束を守れなかったり、思うようにコミュニケーションが取れなかったりして、誤解やすれ違いが生じることも。かつて楽しめていた趣味や活動を諦めなければならないことも、大きな喪失感につながります。

少しでも楽になるために:今日からできること

「見えない病気」と診断された、あるいはその疑いがある場合、どうすれば少しでも心穏やかに過ごせるのでしょうか。具体的な対処法や心がけたいことをご紹介します。

まずは自分を大切にすることから

  • 自分の「つらさ」を認める:「気のせい」「甘え」などと否定せず、まずは自分自身がそのつらさを認め、受け入れることが第一歩です。「つらい」と感じる自分を許しましょう。
  • 無理は禁物、休息を最優先に:体調が良い日でも、調子に乗って活動しすぎると、後で大きな反動が来ることがあります。エネルギーの配分を常に意識し、こまめな休息を取りましょう。
  • 症状日記をつける:いつ、どんな時に、どのような症状が出たか、何をして、何を食べたかなどを記録しておくと、自分の体調のパターンが見えてきたり、医師に症状を具体的に説明する際に役立ちます。

信頼できる医療機関・専門家を見つける

  • 諦めずに相談を続ける:最初の医療機関で理解されなかったり、診断がつかなかったりしても、諦めないでください。複数の医師の意見を聞く「セカンドオピニオン」も有効です。症状を丁寧に聞き、親身になってくれる医師との出会いが重要です。
  • 適切な診療科を選ぶ:症状に応じて、総合診療科、心療内科、精神科、リウマチ・膠原病科、脳神経内科、ペインクリニックなど、専門医の受診を検討しましょう。どこを受診すればよいか分からない場合は、かかりつけ医や地域の相談窓口に相談してみてください。
  • 心理的なサポートも活用する:慢性的な病気や痛みは、精神的な負担も大きくなります。臨床心理士や公認心理師によるカウンセリングや心理療法は、ストレス対処法を学んだり、気持ちを整理したりするのに役立ちます。

孤立しない、つながりを持つことの大切さ

  • 家族や親しい友人への伝え方の工夫:「スプーン理論」などを参考に、自分の状態や必要な配慮を具体的に伝えてみましょう。手紙やメールで伝えるのも一つの方法です。全てを理解してもらうのは難しくても、少しでもあなたの状況を伝える努力は大切です。
  • 患者会・当事者グループへの参加:同じような悩みや経験を持つ仲間と出会い、情報を交換したり、気持ちを共有したりする場は、大きな心の支えになります。日本国内にも様々な疾患の患者会や、オンラインの当事者コミュニティがあります。
  • 公的支援制度や相談窓口の確認:病状や状況によっては、利用できる社会福祉制度(障害者手帳、障害年金、難病医療費助成制度など)があるかもしれません。市区町村の福祉担当窓口、保健所、難病相談支援センターなどに相談してみましょう。

もし、あなたの身近な人が「見えない病気」で悩んでいたら

あなたの家族、友人、同僚が「見えない病気」のつらさを抱えているかもしれません。その時、あなたはどのように寄り添うことができるでしょうか。

まずは「信じる」「聴く」姿勢が基本

ご本人が語る「つらい」「しんどい」という言葉を、まずは疑わずに信じ、受け止めることが最も重要です。「そんなはずはない」「気の持ちようだ」といった否定的な言葉は、ご本人を深く傷つけます。安易な励ましやアドバイスよりも、まずはじっくりと話に耳を傾け、共感する姿勢を示しましょう。

具体的なサポートのヒント

  • 「何か手伝えることはある?」と具体的に尋ねる:「何かあったら言ってね」という漠然とした言葉よりも、具体的な行動を提案したり、相手が助けを求めやすいように声をかけたりすることが効果的です。(例:「買い物一緒に行こうか?」「今日の夕食の準備、手伝おうか?」)
  • 体調を気遣い、無理強いしない:約束があっても、体調が悪そうな時は無理強いせず、休むことを優先させてあげましょう。ドタキャンされても、責めるのではなく理解を示すことが大切です。
  • 病気や症状について学ぶ姿勢を見せる:ご本人が許可すれば、病気について一緒に学んだり、関連情報を調べたりする姿勢は、理解しようとしている気持ちが伝わり、安心感を与えます。
  • 継続的な関心とサポート:一度だけでなく、継続的に関心を持ち、声をかけ続けることが大切です。目に見えないからこそ、忘れられてしまうのではないかという不安を抱えている方もいます。

まとめ:あなたは一人ではありません

「見えない病気」との付き合いは、時に長く、先の見えないトンネルのように感じるかもしれません。診断がつかないことへの焦り、周囲に理解されないことへの孤独感、思うように動けない自分への不甲斐なさ…様々な感情が押し寄せてくることもあるでしょう。

しかし、あなたは決して一人ではありません。あなたのつらさを理解しようと努める人がいます。適切な情報を得て、自分に合った対処法を見つけ、必要なサポートとつながることで、少しずつでも心穏やかな日々を取り戻していくことは可能です。

この記事が、あなたが抱える「見えないつらさ」と向き合い、希望を見出すための一助となれば幸いです。

 

この記事の筆者・監修者

山口さとみ (臨床心理士)

山口さとみ (臨床心理士)

臨床心理士として、多くの方々や子どもたちとそのご家族のサポートをしてきました。医学的な情報だけでなく、日々の生活の中での工夫や、周囲の理解を深めるためのヒント、そして何よりも当事者の方々の声に耳を傾けることを大切にしています。このサイトを通じて、少しでも多くの方が前向きな一歩を踏み出せるような情報をお届けします。