ADHDのある人とのコミュニケーション:誤解を解き、より良い関係を築くために

注意欠如・多動症(ADHD)の特性を持つ人とのコミュニケーションにおいて、時にすれ違いや誤解が生じやすいと感じることはありませんか?ADHDは、不注意、多動性、衝動性といった特性が見られる発達障害の一つですが、その現れ方や困難は一人ひとり異なります。本人の努力不足や性格の問題ではなく、脳機能の特性によるものと理解することが大切です。

この記事では、ADHDに関するよくある誤解を解き、ADHDのある人とのより円滑なコミュニケーションと、お互いにとって心地よい関係を築くための具体的なヒントを、客観的な情報に基づいて提供します。

ADHDをめぐる5つの「よくある誤解」と「知っておきたい真実」

ADHDについては、さまざまな情報があふれていますが、中には誤解に基づいたものも少なくありません。ここでは代表的な誤解と、それに対する現在の理解を整理します。

誤解1:「怠けているだけ」「わざと集中しない」

真実:ADHDの不注意や多動性・衝動性は、本人の意欲や努力の問題ではなく、脳の実行機能(計画、順序立て、時間管理、集中維持など)の特性に関連すると考えられています。そのため、「もっと頑張ればできるはず」といった精神論だけでは解決が難しいケースが多くあります。周囲からは怠けているように見えても、本人は集中しようと多大なエネルギーを費やしていることがあります。

誤解2:「親のしつけや育て方が原因だ」

真実:ADHDは、主に遺伝的要因や神経生物学的な要因が複雑に関与して発現するとされています。育て方や家庭環境が症状の現れ方や二次的な問題に影響を与えることはありますが、ADHDそのものの直接的な原因ではありません。保護者がご自身を責める必要はなく、むしろ適切な理解と対応方法を学ぶことが支援につながります。

誤解3:「子ども特有の問題で、大人になれば自然に治る」

真実:ADHDの特性は、多くの場合、成人期にも持続します。子どもの頃とは異なる形で困難が現れることもあり、仕事、人間関係、自己管理などで悩みを抱える大人のADHD当事者も少なくありません。適切な診断とサポートによって、困難を軽減し、特性を活かして生活することは可能です。

誤解4:「誰にでもあるような特徴で、病気ではない」

真実:忘れっぽさや落ち着きのなさは誰にでも見られることがありますが、ADHDの診断は、これらの特性が発達水準に不相応に著しく、家庭、学校、職場などの複数の場面で、生活や学業、仕事に大きな支障をきたしている場合に考慮されます。単なる個性や性格の問題として片付けられない困難さがポイントとなります。

誤解5:「女の子より男の子に多く、女の子は症状が軽い」

真実:ADHDの診断数は男の子の方が多い傾向にありますが、女の子は不注意が目立つタイプ(多動性や衝動性が少ない)が多く、問題行動として認識されにくいため、見過ごされたり、診断が遅れたりすることが指摘されています。症状の現れ方に性差がある可能性が研究されており、内面的な困難を抱えている場合もあります。

ADHDのある人を傷つけやすい言葉と、より良い伝え方のヒント

何気ない一言が、ADHDのある人を深く傷つけたり、誤解を助長したりすることがあります。ここでは、避けるべき言葉と、代わりにどのような伝え方を心がけると良いかのヒントをいくつか紹介します。

避けたい言葉1:「また忘れたの?」「どうしていつもできないの?」

  • 理由:ADHDの特性として忘れやすさや遂行機能の困難があるため、このような言葉は本人を責め、無力感や自己肯定感の低下につながりやすいです。
  • 伝え方のヒント:「何か手伝えることはある?」「次はどうしたら忘れにくいか一緒に考えようか」「リマインダーを使ってみるのはどうかな?」など、具体的な対策やサポートを提案する姿勢が大切です。

避けたい言葉2:「もっと集中しなさい!」「落ち着きなさい!」

  • 理由:集中し続けることや、じっとしていることが難しいのはADHDの特性の一つです。本人の意思だけではコントロールが難しいため、このような指示はプレッシャーになるだけです。
  • 伝え方のヒント:「少し休憩しようか」「何に一番興味があるかな?それから取り組んでみるのはどう?」「タイマーで時間を区切ってやってみよう」など、集中しやすい環境や方法を一緒に見つけることを目指しましょう。

避けたい言葉3:「〇〇さんはできるのに、どうしてあなたは…」(他人との比較)

  • 理由:他人と比較されることは、誰にとっても辛いものですが、特にADHDのある人にとっては、自己肯定感を著しく損なう原因となり得ます。
  • 伝え方のヒント:その人自身の過去の努力や小さな進歩、得意な点に目を向けて具体的に認め、励ます言葉を選びましょう。「前よりこの部分ができるようになったね」「あなたのこういうところは素晴らしいと思う」などです。

避けたい言葉4:「ADHDを言い訳にしないで」

  • 理由:これは、ADHDの困難が本人の甘えや怠慢であるという誤解に基づいた発言であり、当事者の苦しみを否定し、深く傷つける可能性があります。
  • 伝え方のヒント:行動の背景にある困難を理解しようと努めることが重要です。「何か困っていることがあるのかな?」「どうしたらスムーズに進められるか、一緒に考えてみよう」と、問題解決に向けた協力的な姿勢を示しましょう。

より良い関係を築くためのコミュニケーション・サポートのポイント

ADHDのある人と円滑なコミュニケーションを図り、支えとなるためには、いくつかのポイントがあります。

  • 理解と共感の姿勢:まず、ADHDの特性について正しく理解し、本人が抱える困難さや気持ちに寄り添う姿勢が基本です。
  • 明確で具体的なコミュニケーション:指示や依頼は、短く、具体的かつ肯定的な言葉で伝えましょう。一度に多くの情報を伝えず、一つずつ確認しながら進めるのが効果的です。
  • 視覚的なサポートの活用:言葉だけでなく、メモ、リスト、図、スケジュール表など、視覚的な情報を活用すると理解しやすくなる場合があります。リマインダーやアラームも有効です。
  • ポジティブなフィードバック:できたことや努力した過程を具体的に褒め、成功体験を積み重ねられるようサポートしましょう。小さな目標設定も有効です。
  • 環境調整の工夫:集中しやすいように静かな場所を用意したり、刺激の少ない環境を整えたりするなど、物理的な環境調整が助けになることがあります。
  • 一貫性のある対応と予測可能性:ルールや約束事は明確にし、一貫した態度で接することで、本人が安心して過ごせる基盤を作ります。変更がある場合は事前に伝えることが望ましいです。
  • 休息とセルフケアの奨励:ADHDのある人自身も、またサポートする側も、適度な休息とセルフケアは非常に重要です。無理なく続けられるサポート体制を考えましょう。

おわりに:理解と工夫で、コミュニケーションはもっと豊かになる

ADHDのある人とのコミュニケーションには、時に忍耐や工夫が求められるかもしれません。しかし、ADHDの特性を正しく理解し、本人の気持ちに寄り添いながら、具体的なコミュニケーション方法や環境調整を試みることで、すれ違いは減り、より建設的で温かい関係を築いていくことが可能です。

もし、ADHDに関する悩みや困難が続く場合は、抱え込まずに専門機関(医療機関、発達障害者支援センター、相談支援事業所など)に相談することも大切な選択肢の一つです。正しい情報とサポートを得て、誰もが過ごしやすい社会を目指しましょう。

この記事の筆者・監修者

筆者

山口さとみ (臨床心理士)

山口さとみ (臨床心理士)

臨床心理士として、多くの方々や子どもたちとそのご家族のサポートをしてきました。医学的な情報だけでなく、日々の生活の中での工夫や、周囲の理解を深めるためのヒント、そして何よりも当事者の方々の声に耳を傾けることを大切にしています。このサイトを通じて、少しでも多くの方が前向きな一歩を踏み出せるような情報をお届けします。