
家族の中に障害のある兄弟姉妹がいる子どもたち、「きょうだい児」。彼らは、言葉にできない多くの感情や葛藤を抱えながら、日々を過ごしていることがあります。喜びや愛情を感じる一方で、寂しさや不安、時には罪悪感に似た感情を抱くことも少なくありません。この記事では、きょうだい児が直面する心の内と、彼らを支えるために周囲ができること、そしてきょうだい児自身が歩む未来へのヒントを、専門家の知見と当事者の声を通して深く掘り下げていきます。
きょうだい児とは:静かな声に耳を澄ます
「きょうだい児」とは、障害のある兄弟姉妹を持つ子どもたちのことを指します。彼らは、家庭環境の中で特別な役割を担ったり、周囲の期待を感じ取ったりする中で、年齢以上に成熟した振る舞いを見せることがあります。しかし、その内面では、複雑な感情が渦巻いていることも珍しくありません。親が障害のある兄弟姉妹のケアに多くの時間を割かざるを得ない状況から、自身のニーズを後回しにしたり、本音を言い出せずにいたりすることもあります。「迷惑をかけたくない」「親を困らせたくない」という思いやりが、時として彼らを孤独にしてしまうのです。
きょうだい児が抱える心の機微
きょうだい児が経験する感情は多岐にわたります。代表的なものとして、以下のようなものが挙げられます。
- 罪悪感:自分だけが健康であること、兄弟姉妹ができないことを楽しむことへのうしろめたさ。
- 孤独感:自分の気持ちを理解してもらえない、家庭内で孤立していると感じる寂しさ。
- 将来への不安:親亡き後、兄弟姉妹の世話は自分がするのだろうかという漠然とした、あるいは具体的な不安。
- 愛情への渇望:親の関心が兄弟姉妹に向きがちになることで、十分に愛されていないのではないかという寂しさ。
- 役割期待とプレッシャー:「しっかり者」「良い子」であることを期待され、それに応えようとするあまり、自分らしさを見失うことへの葛藤。
これらの感情は、きょうだい児の成長過程や家庭環境、兄弟姉妹の障害の種類や程度によって、その現れ方や強さが異なります。重要なのは、これらの感情は「特別なこと」ではなく、多くのきょうだい児が経験しうる自然な心の動きであると理解することです。
ヤングケアラーとしての側面
きょうだい児の中には、年齢に見合わないケア責任を負う「ヤングケアラー」としての側面を持つ子どもたちもいます。兄弟姉妹の日常的な世話や見守り、感情的なサポートなどを担うことで、学業や友人関係、自身の心身の健康に影響が及ぶこともあります。ヤングケアラー問題は社会的な認知が高まりつつありますが、きょうだい児がその一端を担っている可能性についても、周囲の理解と適切な支援が求められます。
声なき声に光を当てる:当事者の経験から学ぶ
きょうだい児が抱える思いをより深く理解するためには、当事者の声に耳を傾けることが不可欠です。ここでは、許諾を得た匿名の体験談をいくつか紹介します。これらの声は、きょうだい児がどのような現実に直面し、何を感じているのかを具体的に示してくれます。
幼少期の記憶:小さな胸に秘めた思い
「母はいつも弟にかかりきりでした。寂しいと言うと困らせると思い、平気なふりをしていました。学校の行事に親が来てくれなくても、それが当たり前だと思っていました。本当は、もっと甘えたかったし、自分の話を聞いてほしかったのだと、大人になって気づきました。」(30代女性・知的障害のある弟の姉)
思春期の葛藤:自分と他者との間で揺れる心
「友達が家族の話を屈託なくするのを聞くと、自分の家のことをどう話せばいいのか分からなくなりました。兄の障害のことを隠したいわけではないけれど、説明するのも難しくて。将来、自分が兄の面倒を見るのだろうかと考えると、進路のことも素直に考えられませんでした。」(20代男性・自閉スペクトラム症の兄の弟)
成人してからの気づき:経験を力に変えて
「若い頃は、妹のことで自分の人生が制限されているように感じ、反発した時期もありました。でも、今は、妹がいたからこそ得られた優しさや強さがあると感じています。同じような立場のきょうだい児の方と話す機会があり、初めて自分の気持ちを肯定できた気がします。」(40代女性・ダウン症の妹の姉)
これらの体験談は一部に過ぎませんが、きょうだい児が抱える感情の複雑さや、それぞれのライフステージで直面する課題の一端を示しています。共通しているのは、誰かに気持ちを理解してほしい、受け止めてほしいという切実な願いです。
理解と共感から育む支援の輪
きょうだい児が健やかに成長し、自分らしい人生を歩むためには、家族、そして社会全体の理解と支援が不可欠です。具体的にどのようなサポートが考えられるでしょうか。
家庭でできること:きょうだい児の心に寄り添う
最も身近な存在である家族、特に親からの理解とサポートは、きょうだい児にとって大きな力となります。
- 気持ちを聴く時間を作る:障害のある子どものケアに追われる中でも、意識してきょうだい児と一対一で向き合う時間を作り、その子の話に耳を傾けることが大切です。「大変だったね」「頑張っているね」といった具体的な言葉で気持ちを認めることも重要です。
- 正確な情報を伝える:兄弟姉妹の障害について、年齢に応じた分かりやすい言葉で正確な情報を伝えることは、きょうだい児の不安を和らげ、理解を促します。将来の見通しについても、隠さずに話し合う機会を持つことが望ましいでしょう。
- きょうだい児自身の人生を尊重する:きょうだい児にも、自分の夢や目標を追求する権利があります。兄弟姉妹の世話を過度に期待したり、将来の責任を暗示したりすることなく、その子自身の人生を応援する姿勢が大切です。
- 「自分だけ」の特別な時間や場所を確保する:家庭の中で、きょうだい児が安心して自分の気持ちを表現できたり、リラックスできたりする時間や空間を意識的に提供することも有効です。
社会でできること:多角的なサポート体制の構築
学校や地域社会、専門機関も、きょうだい児支援において重要な役割を担います。
- きょうだい児への理解啓発:教育現場や地域において、きょうだい児の存在や彼らが抱える課題についての理解を深めるための啓発活動が必要です。
- 安心できる居場所づくり:学校や地域に、きょうだい児が安心して過ごせる場所や、信頼できる相談相手がいることが望ましいです。スクールカウンセラーや養護教諭、民生委員などがその役割を担うことも考えられます。
- ピアサポートの機会提供:同じような立場にあるきょうだい児同士が出会い、気持ちを共有できる「きょうだい会」やピアサポートグループの情報提供や運営支援は、孤独感の軽減に繋がります。
- ヤングケアラーへの早期発見と支援:きょうだい児がヤングケアラーの状態にある場合、早期に発見し、福祉サービスや相談窓口に繋げる体制を整備することが急務です。
きょうだい児自身ができること:自分の心を守り、未来を拓く
周囲のサポートはもちろん重要ですが、きょうだい児自身が自分の心と向き合い、力をつけていくことも大切です。
- 自分の気持ちを認める:どんな感情を抱いたとしても、それを否定せずに「自分はこう感じているんだ」と認めることから始まります。
- 信頼できる人に話す:親や友人、先生、カウンセラーなど、信頼できる人に自分の気持ちを話してみることは、心の負担を軽減する助けになります。
- 情報を得る:きょうだい支援に関する情報や、同じ立場の人の体験談に触れることで、新たな視点や対処法が見つかることがあります。
- 自分の時間や楽しみを大切にする:兄弟姉妹のことが気にかかる中でも、自分自身の好きなことやリフレッシュできる時間を持つことは、心のバランスを保つ上で非常に重要です。
一人で悩まず、繋がる勇気を:相談窓口と支援リソース
きょうだい児やその家族が悩みを抱えたとき、相談できる場所や支援の選択肢は存在します。一人で抱え込まず、適切なサポートに繋がることが大切です。
きょうだい会・ピアサポートグループ
「きょうだい会」は、同じ立場にあるきょうだい児やその経験者が集い、情報交換や悩み相談、交流を行う場です。当事者同士だからこそ分かり合える安心感や、経験から得た知恵を共有できるメリットがあります。近年ではオンラインで開催されるきょうだい会も増えており、地域を問わず参加しやすくなっています。各地域の社会福祉協議会やNPO法人のウェブサイトなどで情報を見つけることができます。
公的相談窓口
- 児童相談所:18歳未満の子どもに関するあらゆる相談に対応しています。ヤングケアラーに関する相談も可能です。
- 発達障害者支援センター:発達障害のある人とその家族からの相談に応じ、情報提供や助言を行っています。
- 精神保健福祉センター:心の健康に関する相談や、精神障害のある人の家族支援などを行っています。
- 市区町村の福祉担当窓口:障害福祉サービスや子育て支援に関する情報提供、相談に応じています。
民間の支援団体・NPO法人
きょうだい支援やヤングケアラー支援を専門に行うNPO法人や民間の団体も存在します。これらの団体では、専門家によるカウンセリングや、きょうだい児向けのプログラム、家族支援などを提供している場合があります。インターネットで「きょうだい支援」「ヤングケアラー支援」といったキーワードで検索すると、関連団体を見つけることができます。
オンラインコミュニティ・SNS
近年では、SNSやオンライン掲示板などを通じて、きょうだい児同士が繋がり、情報交換や励まし合いを行うコミュニティも生まれています。匿名で参加できるものも多く、気軽に気持ちを吐露できる場として活用されています。ただし、情報の信頼性や安全性には注意が必要です。
未来への一歩:あなたはあなたの人生の主人公
きょうだい児であることは、その人の一部ではあっても、全てではありません。障害のある兄弟姉妹を持つという経験は、時に困難を伴うかもしれませんが、同時に、他者への深い共感力や、困難を乗り越える強さ、豊かな人間性を育む土壌ともなり得ます。
大切なのは、きょうだい児自身が自分の感情と向き合い、必要なサポートを得ながら、自分自身の人生を主体的に歩んでいくことです。「誰かのために」という思いやりを持ち続けることは尊いですが、それと同時に「自分のために」生きることもまた、同じように尊いのです。
この記事が、今まさに悩みを抱えているきょうだい児の方、そのご家族、そして支援に関わる全ての方々にとって、何らかの気づきや次の一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。あなたは一人ではありません。声を上げ、繋がり、支え合うことで、見える景色はきっと変わっていきます。