
あなたの「働きづらさ」は、あなたのせいじゃない
「障害のことは理解してもらえても、性自認のことは話せない」「トランスジェンダーであることは理解されても、障害特性への配慮は求めにくい」——。障害と性自認、二つの大切なアイデンティティの間で、どちらか一方の自分でいることを強いられたり、あるいは両方の側面から生じる複雑な困難に、一人で向き合っていたりしませんか。
あなたが感じているその「働きづらさ」は、決してあなたのせいではありません。それは、まだ社会や職場が、あなたという存在のありのままを受け止めきれていないことの表れです。この記事は、そんな状況の中で、あなた自身が自分の権利を守り、主張し、より良い環境を築いていくための力となる「セルフ・アドボカシー(自己擁護)」の考え方と、その具体的な方法を解説するガイドです。
ステップ1:知る まず、自分の状況と権利を言葉にする
何かを主張するためには、まず自分がおかれている状況と、そこに存在する権利を正しく理解することが第一歩です。漠然とした不安を、具体的な「言葉」にしていきましょう。
なぜ二重に苦しいのか?「複合差別」という現実
あなたが直面している困難は、「障害による困難」と「トランスジェンダーであることによる困難」が、単純に足し算されたものではないかもしれません。二つの属性が交差する点で、特有の差別や偏見が生じる状態を「複合差別(インターセクショナルな差別)」と呼びます。例えば、「障害があるから能力が低いだろう」という偏見と、「トランスジェンダーだから変わっているだろう」という偏見が結びつき、より深刻な不利益や誤解に繋がることがあります。この視点を持つことは、あなたの困難が個人的な問題ではなく、社会的な課題であることを理解する助けになります。
あなたが求められる「二つの配慮」
安心して働くために、あなたは正当な権利として、二つの側面からの配慮を求めることができます。これらは「わがまま」ではなく、誰もが自分らしく働くために保障されるべきものです。
- 障害に関する「合理的配慮」:障害者差別解消法で定められた、企業の義務です。業務内容の調整(例:長時間の立ち仕事を避ける)、通勤の配慮(例:時差出勤)、休憩の取り方の工夫など、障害特性による障壁を取り除くための個別の調整を指します。
- SOGIに関する配慮:性的指向(Sexual Orientation)や性自認(Gender Identity)に関する配慮です。戸籍名ではなく通称名の使用、性自認に沿った服装の容認、誰でも使えるトイレの設置、性別移行に伴う休暇制度など、個人の尊厳を守るための環境整備を指します。
これら二つの配慮は、どちらか一方を優先するものではなく、両立させて求めることが可能です。
職場の「安全」とは何か?アウティング防止という絶対条件
職場の「安全」とは、物理的な危険がないことだけではありません。最も重要なのは、あなたのプライバシーやアイデンティティが守られる「心理的安全性」です。本人の許可なく性自認や障害のことを第三者に暴露する「アウティング」は、重大な人権侵害であり、断じて許されません。企業には、個人情報を適切に管理し、アウティングを防止する体制を整える責任があります。
ステップ2:伝える 環境を動かすためのコミュニケーション戦略
権利を知った上で、次はその権利を実現するために、職場と建設的な対話を行う方法を考えます。これは、一方的に要求するのではなく、相互理解を目指すコミュニケーションです。
誰に、いつ、何を話すか?カミングアウトの選択肢
障害や性自認について、誰に、どの範囲まで、どのタイミングで伝えるかは、あなた自身が決定できる権利です。一律に「伝えるべき」という正解はありません。信頼できる上司や人事担当者だけに伝える、あるいは同じ部署の同僚まで伝えるなど、そのメリットとリスクを考え、あなた自身が最も安心できる方法を選択しましょう。伝えない、という選択も尊重されるべき一つです。
具体的な配慮の求め方:建設的な対話のために
配慮を求める際は、「困りごと」と「希望する解決策」をセットで具体的に伝えることが効果的です。感情的に訴えるのではなく、あくまで業務を円滑に進めるための相談として切り出すと、相手も受け入れやすくなります。
伝え方の例:「実は、私は性自認の観点から、男女別の更衣室を利用することに強い抵抗感があります。業務への支障をなくすため、可能であれば、空いている会議室などを一時的に着替えのスペースとして利用させていただくことはできますでしょうか。」
ステップ3:探す 自分らしくいられる職場を見つける
これから就職・転職を考えている場合、応募の段階から、その企業がどれだけインクルーシブ(包括的)であるかを見極める視点を持つことが重要です。
求人情報や企業サイトから読み解く「インクルーシブ度」
企業の姿勢は、発信する情報に表れます。以下の点をチェックしてみましょう。
- 企業の公式ウェブサイトや採用ページに、ダイバーシティ&インクルージョンに関する方針が明記されているか。
- 「LGBTQフレンドリー」「アライ(支援者)企業」といった文言や、具体的な取り組み(例:同性パートナーシップ制度の導入)が紹介されているか。
- 求人票の応募資格で、性別を不問としているか、あるいは柔軟な表現が使われているか。
面接で確かめるべきこと、伝えるべきこと
面接は、企業があなたを選ぶだけでなく、あなたが企業を選ぶ場でもあります。企業の姿勢を確かめるために、次のような質問をしてみるのも一つの方法です。「御社では、多様な背景を持つ社員が働きやすいように、どのような研修や環境整備を行っていますか?」といった質問への回答から、企業の意識レベルを推し量ることができます。
ステップ4:繋がる 一人で戦わないための支援ネットワーク
セルフ・アドボカシーは重要ですが、一人で全てを背負う必要はありません。あなたを支え、共に歩んでくれる専門家や仲間がいます。
目的別:あなたの悩みに合った相談窓口リスト
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- 気持ちを整理し、情報を得たい時:地域のLGBTQ支援センターや、当事者が運営するNPO法人などが、安心できる居場所や情報交換の場を提供しています。まずは匿名での電話やメール相談から始められる場所も多くあります。
– 具体的な就労準備やスキルアップを目指す時:障害者向けの就労移行支援事業所の中には、LGBTQに関する研修を受け、理解のあるスタッフを配置している場所が増えています。見学の際に、SOGIに関する配慮や実績について質問してみましょう。
– 差別や不利益な扱いを受け、権利を守りたい時:各都道府県の労働局にある「総合労働相談コーナー」や、法務局の「みんなの人権110番」では、専門の相談員が無料で相談に応じてくれます。
当事者コミュニティという選択肢
SNSやオンラインのコミュニティには、トランスジェンダーかつ障害のある当事者が集うグループも存在します。同じような経験を持つ仲間と繋がることは、孤立感を和らげ、有益な情報を交換する上で大きな力になります。
希望:先輩たちの声と、変わり始めた社会
複合的な困難を乗り越え、自分らしい働き方を実現している人々がいます。また、企業の側でも、多様な人材こそが組織の力になると気づき、インクルーシブな環境づくりに本気で取り組む動きが確実に広がっています。課題はまだ多くありますが、社会は少しずつ、しかし着実に変わり始めています。あなたのような存在が声を上げること、働き続けることが、その変化をさらに加速させる力になります。
あなたの声が、あなたと社会の未来をつくる
自分らしく、安心して働ける環境を求めることは、決して特別なことではありません。それは、誰もが持つべき基本的な権利です。あなたの困難に真摯に向き合い、あなたの力を必要としている場所は必ずあります。この記事で紹介した知識やツールを手に、ぜひ、あなた自身の声で、あなたらしい未来を築いていってください。その一歩一歩が、あなた自身を守る盾となり、後に続く誰かのための道標となるはずです。