ADHDの「見えない税金」?経済的な負担を軽くする実践ガイド

「またやってしまった…」冷蔵庫の奥で忘れられていた野菜、うっかり払い忘れたクレジットカードの請求、勢いで買ってしまったものの使わなかった健康器具。誰にでも経験があるかもしれませんが、ADHD(注意欠如・多動症)の特性を持つ方にとっては、こうした「小さな損」が積み重なり、気づかないうちに大きな経済的負担になっていることがあります。これを「ADHD税」と呼ぶことがあります。

この記事では、ADHDの特性がどのように経済的な影響(ADHD税)につながるのか、そしてその負担を軽減するための具体的な方法について、詳しく解説していきます。もしあなたが「なぜかお金が貯まらない」「計画的にお金を使えない」と悩んでいるなら、この記事が解決のヒントになるかもしれません。

【この記事のポイント】

  • ADHDの特性(不注意、衝動性など)が経済的な困難を引き起こす「ADHD税」とは何か。
  • なぜADHDの人は「ADHD税」を払いやすいのか、その背景にある脳の仕組み。
  • 「ADHD税」が家計に与える具体的な影響。
  • 日常生活で実践できる「ADHD税」を減らすための具体的な対策。
  • 経済的な問題が深刻な場合の相談先。

なぜADHDだと「見えない税金」を払ってしまうの?

ADHDと聞くと、「集中力がない」「落ち着きがない」といったイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし、ADHDの影響はそれだけにとどまらず、お金の管理に必要な実行機能と呼ばれる脳の働きにも及ぶことがあります。

例えば、こんな経験はありませんか?

  • 料理中であることを忘れ、鍋を焦がしてしまった。(ワーキングメモリの問題)
  • 請求書の支払日を忘れ、延滞料金を払う羽目になった。(ワーキングメモリ、計画性の問題)
  • 予約した診察や美容院をすっぽかしてしまい、キャンセル料が発生した。(記憶、時間管理の問題)
  • 無料トライアルに登録したことを忘れ、自動的に有料プランに移行していた。(記憶、計画性の問題)

これらは、ADHDの特性である不注意や記憶・計画の困難さが「ADHD税」として現れた例です。

【ADHD税の具体例】

  • 買ったことを忘れてダメにしてしまう食材や食品。
  • 衝動買いによるクレジットカードの利息やリボ払いの手数料。
  • 支払いを忘れたことによる延滞料金。
  • 仕事での困難さから、昇進が遅れたり、転職を繰り返したりすることによる収入減。
  • 一時的に強く興味を持った(ハイパーフォーカスした)趣味に高額な費用を投じてしまうが、すぐに飽きてしまう。

また、研究によると、ADHDの特性を持つ人は衝動的に物を買いやすく、計画的に貯蓄することが苦手な傾向があるとされています。これは、「時間割引」という心理的な特性が関係していると考えられています。「時間割引」とは、将来得られる大きな報酬よりも、すぐに手に入る小さな報酬を優先してしまう傾向のことです。

このため、月末の支払いに充てるべきお金を衝動的に使ってしまったり、長期的な貯蓄計画を立てても継続することが難しかったりするのです。さらに、ADHDの特性が仕事の安定やキャリアアップを難しくし、結果として収入が不安定になったり、より高い収入を得るための学歴や資格取得の妨げになったりする可能性も指摘されています。

「ADHD税」が家計に与える影響

「ADHD税」の影響は、家計にとって無視できないものになります。最初は、冷蔵庫で腐らせてしまった数百円の野菜や、数百円の延滞料金といった小さな金額かもしれません。しかし、こうした小さな「税金」が積み重なることで、大きな負担へと変わっていきます。

衝動的な買い物、無駄な支出、支払い遅延による手数料や罰金…これらが慢性化すると、借金が膨らみ、家計を圧迫します。さらに、複数の支払い遅延は信用情報に傷をつけ、将来的にクレジットカードの利用限度額が下げられたり、新たなローンが組めなくなったり、住宅ローン審査に通りにくくなったりする可能性も出てきます。

信用情報が悪化すると、ローンの金利が高くなるなど、さらにお金がかかる悪循環に陥ってしまうこともあります。

支払いすぎ?「ADHD税」から抜け出すための実践的対策

ADHDの特性による経済的な困難に直面すると、「自分はだらしない」「計画性がない」と自己嫌悪に陥りやすいものです。周りの人は簡単にできているように見えるのに、なぜ自分だけ上手くいかないのだろうと、途方に暮れてしまうかもしれません。しかし、それはあなた一人の責任ではありません。ADHDの特性を理解し、自分に合った工夫を取り入れることで、状況は改善できます。

ここでは、ADHDの特性を持つ方でも取り組みやすい、家計管理の具体的な対策をご紹介します。

1. 手数料や延滞金は交渉してみる価値あり

うっかり支払い忘れたことによる延滞料金や、銀行の残高不足で発生した手数料は、気づいた時点で速やかに支払いを済ませた上で、正直に事情を話し、免除してもらえないか金融機関やサービス提供会社に問い合わせてみましょう。必ず免除されるわけではありませんが、特に初めての場合や、これまでの取引状況によっては、一度だけ免除してくれるケースも少なくありません。諦めずに一度相談してみる価値はあります。

2. 無料トライアルの「自動更新」設定は登録当日に見直す

無料トライアルに登録したものの、解約を忘れて自動的に有料プランに移行してしまうのは、「ADHD税」の典型的な例です。カレンダーに予定を入れていても、他のことに気を取られて忘れてしまうこともあります。

対策として、無料トライアルに申し込んだその日のうちに、アカウント設定を確認し、「自動更新」のチェックを外せるか確認しましょう。もし設定変更が難しい場合は、クレジットカード情報を削除できないか試してみてください。そうすれば、自動的に課金されるのを防ぎ、支払いリマインダーが届くことで解約忘れを防ぐことにも繋がります。

3. 「支払い専用口座」で衝動買いをブロック

生活費や趣味に使うお金と、家賃や光熱費、ローン返済など、必ず支払わなければならないお金が同じ口座に入っていると、つい引き出して使ってしまうことがあります。

これを防ぐために、支払い専用の銀行口座を別途開設することをおすすめします。給料が入ったら、まず必要な金額をこの支払い専用口座に移し、そこから自動引き落としや振込の設定をしておきましょう。この口座のキャッシュカードは持ち歩かず、普段使う口座とは明確に分けることで、「見えないお金」として意識から外し、衝動的な使い込みを防ぐ効果が期待できます。

4. ADHDフレンドリーな食事計画で食費の無駄を減らす

完璧な献立を毎日考えるのは大変ですが、ADHDの特性に合わせたゆるやかな食事計画なら、食費の無駄を大幅に減らせる可能性があります。

  • 週に数パターンの定番メニューを決める:自分が確実に作れる、かつ多めに作って数日食べられるようなレシピ(カレー、シチュー、肉じゃが、冷凍できるおかずなど)を2〜3種類選びます。野菜をたっぷり使うことを意識すると栄養バランスも整いやすいです。
  • 買い物リストは必須:決めたメニューに必要な食材と、朝食や間食で定番のものをリストアップし、それ以外のものは極力買わないようにします。スーパーで目移りして衝動買いしそうになったら、「本当に今すぐ必要か?」と一呼吸置き、少量だけ試してみる(例:大きな袋菓子ではなく、小分けのものを選ぶ)のも手です。
  • 傷みやすい食材はすぐに冷凍:すぐに使わない予定の肉や野菜、加工品などは、購入した日に下処理して冷凍保存しましょう。調理する気力が湧かない日でも、冷凍ストックがあれば外食や惣菜に頼る頻度を減らせます。

これは、毎日きっちり献立を立てるというより、「調理する気力がある日にまとめて作り、気力がない日はそれを活用する」というサイクルを作るための工夫です。

5. 「ほしい物リスト」で衝動買いの波を乗りこなす

新しい趣味や興味の対象が見つかると、関連商品を一気に揃えたくなるのがADHDの特性の一つです。しかし、その熱が数週間や数ヶ月で冷めてしまうことも少なくありません。高価な楽器や専門書を買い揃えたものの、結局使わずに眠っている…という経験はありませんか?

衝動買いを防ぐためには、すぐに購入せず、まずはインターネットで商品を調べて「ほしい物リスト」やオンラインショップのカートに入れておくだけで、ある程度「買いたい欲求」を満たすことができます。その間に、YouTubeの無料チュートリアルで試してみたり、図書館で関連書籍を借りてみたりするなど、お金をかけずに新しい興味を探求してみましょう。数ヶ月経ってもまだその興味が持続しているようなら、改めてリストを見直し、本当に必要なものから購入を検討するのがおすすめです。

どうしても借金が減らない…そんな時は専門家の力を借りよう

もし、すでに借金が膨らんでしまい、どうにもならないと感じているなら、一人で抱え込まずに専門家へ相談することが大切です。日本では、以下のような窓口で無料相談に応じてくれる場合があります。

  • 消費生活センター・国民生活センター:多重債務などの消費生活全般に関する相談が可能です。
  • 法テラス(日本司法支援センター):経済的に余裕がない場合に、無料の法律相談や弁護士費用の立替え制度があります。
  • 弁護士会・司法書士会の相談窓口:債務整理に関する相談ができます。
  • NPO法人などの民間支援団体:借金問題や生活再建のサポートを行っている団体もあります。

相談することで、現在の状況を客観的に把握し、債務整理の方法(任意整理、個人再生、自己破産など)や家計再建のための具体的な計画を立てる手助けをしてもらえます。計画が決まったら、できる限り自動化する(例えば、返済額を変更したら自動引き落としの設定も変更するなど)のが、ADHDの特性を持つ方には有効です。数ヶ月後に信用情報が改善したら、より金利の低いローンへの借り換えを検討するなど、先の計画もカレンダーに登録しておきましょう。

まとめ:ADHDの特性を理解し、「見えない税金」と上手に付き合おう

ADHDの特性による「見えない税金」は、日々の生活に大きな影響を与える可能性があります。しかし、その原因が自分の性格や努力不足だけではないことを理解し、ADHDの特性に合った工夫を取り入れることで、その負担を軽減していくことは十分に可能です。

大切なのは、どのようにお金を使ってしまいがちなのか、自分の「ADHD税」の傾向を把握することです。そして、支払い忘れを防ぐ仕組みを作ったり、衝動的な支出を抑える工夫を取り入れたりするなど、一つひとつ対策を講じていきましょう。この記事で紹介した方法が、あなたが経済的な悩みから解放され、より自分らしく生きるための一助となれば幸いです。

この記事の筆者・監修者

山口さとみ (臨床心理士)

山口さとみ (臨床心理士)

臨床心理士として、多くの方々や子どもたちとそのご家族のサポートをしてきました。医学的な情報だけでなく、日々の生活の中での工夫や、周囲の理解を深めるためのヒント、そして何よりも当事者の方々の声に耳を傾けることを大切にしています。このサイトを通じて、少しでも多くの方が前向きな一歩を踏み出せるような情報をお届けします。