もしかして、こんなことで困っていませんか?~日常生活と「実行機能」の関わり~

「やらなければいけないことがあるのに、なかなか集中できない」「計画を立てるのが苦手で、いつも締め切りギリギリになってしまう」「ついカッとなって、後で後悔することがある」——こうした悩みは、日常生活で多くの方が経験するかもしれません。

実はこれらの困りごとの背景には、「実行機能(じっこうきのう)」と呼ばれる脳の働きが関係していることがあります。実行機能は、私たちが目標を達成するために、考えや行動をまとめ、調整する大切な能力です。

「実行機能」とは?~あなたの毎日を支える脳の“司令塔”~

実行機能とは、目標に向かって計画を立て、優先順位を決め、注意を集中し、感情や行動をコントロールしながら、柔軟に状況に対応していくための一連の認知プロセスを指します。まるでオーケストラの指揮者が、様々な楽器の音をまとめ上げ、美しいハーモニーを奏でるように、実行機能は私たちの脳内で様々な情報を整理し、行動を導く「司令塔」のような役割を担っています。

この機能は、仕事や勉強はもちろん、家事、買い物、人とのコミュニケーションといった日々のあらゆる活動をスムーズに行うために不可欠です。実行機能がうまく働くことで、私たちは効率的にタスクをこなし、社会生活を円滑に営むことができるのです。

実行機能の主な働き~司令塔を構成する3つの基本スキル~

実行機能は、いくつかの基本的なスキルが連携して成り立っていると考えられています。中でも代表的なものは以下の3つです。

1. ワーキングメモリ(作業記憶):情報を一時的に記憶し、処理する力

ワーキングメモリは、会話の内容を覚えて応答したり、計算問題を解くために数字を一時的に記憶したりするなど、情報を短時間保持しながら同時に処理する能力です。料理の手順を記憶しながら作業を進める、文章を読みながら内容を理解するといった場面で活用されます。

2. 抑制コントロール(衝動制御):不必要な情報や行動を抑える力

抑制コントロールは、目の前の誘惑に抵抗したり、集中を妨げる外部の刺激や内的な衝動を無視したりする能力です。例えば、勉強中にスマートフォンの通知が気になっても集中し続ける、言いたいことをぐっとこらえて相手の話を聞く、といった行動に関わります。感情のコントロールにも重要な役割を果たします。

3. 認知的柔軟性(切り替え):考え方や行動をスムーズに切り替える力

認知的柔軟性は、状況の変化に合わせて考え方や行動の戦略を柔軟に変える能力です。予期せぬトラブルに対応する、複数の視点から物事を考える、あるいは、ある作業から別の作業へスムーズに意識を切り替えるといった場面で必要になります。

これらのスキルは独立して働くのではなく、互いに連携し合うことで、複雑な課題への対応を可能にしています。

実行機能がうまく働かないと、どんなことが起こりうる?~日常生活でのサイン~

実行機能に何らかの課題があると、日常生活の様々な場面で困りごとが生じることがあります。以下はその一例です。

  • 計画性や段取りが苦手(例:物事の優先順位付けが難しい、長期的な計画を立てられない)
  • 注意散漫になりやすい(例:集中力が持続しない、些細なことで気が散る)
  • 忘れ物や紛失物が多い(例:持ち物をよく失くす、約束や提出物を忘れる)
  • 感情の起伏が激しい、またはコントロールが難しい(例:些細なことでイライラする、衝動的な言動が多い)
  • 複数の作業を同時にこなすのが苦手(マルチタスクが困難)
  • 物事を始めるのに時間がかかる、先延ばしにしがち
  • 状況に応じた適切な行動がとりにくい

これらの特徴は誰にでも見られることがありますが、頻度が高かったり、その程度が強かったりして、学業、仕事、人間関係などに大きな支障をきたしている場合は、注意が必要かもしれません。ADHD(注意欠如・多動症)の特性を持つ方や、認知症の初期段階にある方において、実行機能の課題が見られることが報告されていますが、これらは医師による慎重な判断が必要です。

実行機能を高めるために今日からできること~日常生活で意識したい習慣と工夫~

実行機能は生まれ持った能力だけでなく、日々の習慣や工夫によって高められる可能性があります。以下に、日常生活で取り入れやすい方法をいくつか紹介します。

1. 生活リズムを整える

質の高い睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動は、脳機能全体の土台となります。特に十分な睡眠は、ワーキングメモリや注意力に良い影響を与えると考えられています。

2. タスク管理術を身につける

大きな目標やタスクは、具体的な小さなステップに分解しましょう。To-Doリストを作成したり、カレンダーや手帳を活用してスケジュールを「見える化」したりすることも有効です。締め切りを意識し、作業に必要な時間を見積もる練習も役立ちます。

3. 集中できる環境を作る

作業スペースを整理整頓し、集中を妨げる可能性のあるもの(スマートフォン、テレビなど)を遠ざけるなど、物理的な環境を整えることが大切です。静かな場所を確保したり、場合によっては適度な雑音(ホワイトノイズなど)を利用したりするのも良いでしょう。

4. ストレスとうまく付き合う

過度なストレスは実行機能の低下につながることがあります。自分に合ったリフレッシュ方法(趣味、リラクゼーション、軽い運動など)を見つけ、ストレスを溜め込まないように心がけましょう。

5. 脳を使う習慣を取り入れる

新しいスキルを学んだり、パズルや戦略的なゲームに取り組んだり、読書をしたりすることは、脳の様々な領域を刺激し、実行機能の維持・向上に役立つ可能性があります。

6. マインドフルネスや瞑想を試す

「今、ここ」に意識を集中するマインドフルネスや瞑想は、注意力や自己コントロール能力を高める効果が期待されています。短時間からでも始められるので、試してみてはいかがでしょうか。

困りごとが大きい場合は専門機関への相談も検討しましょう

上記のようなセルフケアを試みても、日常生活や社会生活における困難が改善されず、大きな支障を感じる場合は、一人で抱え込まずに専門機関に相談することを検討しましょう。

相談できる場所としては、精神科、心療内科、神経内科などの医療機関や、カウンセリングルーム、発達障害者支援センター、教育相談所などがあります。医師や専門家は、困りごとの背景にある要因を評価し、必要に応じて適切なアドバイスやサポート(薬物療法、カウンセリング、環境調整の提案など)を提供してくれます。

また、学生であれば学校の相談室や学生支援室、社会人であれば職場の産業医や人事担当者などに相談することで、学業や仕事を進めやすくするための合理的配慮(例:指示の出し方の工夫、休憩時間の調整、作業環境の調整など)を得られる場合もあります。

まとめ~実行機能を理解し、より過ごしやすい毎日を目指しましょう~

実行機能は、私たちの学習、仕事、社会生活のあらゆる場面で重要な役割を果たしています。この機能を理解し、その働きを高めるための工夫を取り入れることは、日々の生活の質を向上させることにつながるでしょう。

もし実行機能に関する困りごとを抱えている場合でも、適切な対処法やサポートによって、その影響を軽減できる可能性があります。まずは自分自身の特性を理解し、必要に応じて周囲や専門家の力を借りながら、より過ごしやすい毎日を目指していくことが大切です。

この記事の筆者・監修者

筆者

山口さとみ (臨床心理士)

山口さとみ (臨床心理士)

臨床心理士として、多くの方々や子どもたちとそのご家族のサポートをしてきました。医学的な情報だけでなく、日々の生活の中での工夫や、周囲の理解を深めるためのヒント、そして何よりも当事者の方々の声に耳を傾けることを大切にしています。このサイトを通じて、少しでも多くの方が前向きな一歩を踏み出せるような情報をお届けします。